東京・三多摩のうつ病と双極性障害の“雑談会”

三多摩うつ&躁うつ茶話会
since 2011.08.27

雑談会のススメ

■最近、「私もそちらのようなグループを作ってみようと思うのですが…」というお問合せを受けることが増えました。そこで、私見を少しご紹介します。

まず読むべき一冊

岡知史セルフヘルプグループ』星和書店、1999年

■本書は、自助グループの意義について、以下のように整理しています。

▼同じ体験をしている仲間だからこそできる、気持ち、情報、考え方の“わかちあい
▼“わかちあい”から一歩進んで、自己決定や自己選択ができるようになる、自助グループが社会参加の契機になる、という意味での“ひとりだち
▼“わかちあい”から一歩進んで、自己信頼を回復する、自分を抑圧している社会環境が変革するように働きかける、という意味での“ときはなち

自助グループという“知の体系”

■たとえば、上記のうち“情報のわかちあい”について、本書では以下のように説明されています。

▼医師など専門的な知識をもつ人々のなかには、「本人の会」は本人にとって危ないものだと考えている人がいます。「専門的な知識をもたない人たちが考えだした意見は、素人の意見だから間違っていることが多い、だから危険だ」というのです。(p41-p42)
▼しかし、活動が成功している会では、多くの仲間がいろいろな体験をわかちあってきています。そういう「わかちあいの歴史」が信頼できる情報を生み出すのです。(p44)
▼「本人の会」は体験で確かめられた情報を、わかりやすい言葉で、あるいは言葉だけではなく、困難を乗り越えてきた人の姿そのものを通じて伝えています。(p49)

■つまり、専門家によって制度化された“知の体系”(たとえば精神医学)とは異なる、もう1つの“知の体系”の可能性が、自助グループの意義の1つとして挙げられているわけです。

では、うつ病の場合は?

■このような“知の体系”ができあがるには、その自助グループに一定数の固定的なメンバーが所属し、一定以上の“歴史”を重ねることが必要になると考えられます。

■しかし、私が6年ほど茶話会を開催したなかでは、必ずしもメンバーが定着するわけではありませんでした。このことは、特に(双極性障害ではない)単極性のうつ病の方に顕著だと感じています。

■たとえば単極性のうつ病は、たしかに“再発しやすい病気”として有名です。具体的には、
▼1度うつ病を患った患者に2度目の再発が起こる可能性は60%
▼2度うつ病を患った患者に3度目の再発が起こる可能性は70%
▼3度うつ病を患った患者に4度目の再発が起こる可能性は90%
とされています【1】。

■しかし、それと同時に、一般的にうつ病の治療を受けた患者は、
▼3ヵ月~6ヵ月で約50%が寛解または回復に至る
▼1年で約70%~80%が寛解または回復に至る
とされています【2】。

■つまり、単極性のうつ病は“一時的に患う病気”あるいは“治る病気”だと、一般的には認識されていると思います。
■このことが、(特に単極性の)うつ病の自助グループを設立し発展させていくことに内在する根本的な矛盾だと、私は考えています。

回避策1:メンバーの定着

■このような矛盾を回避する方法の1つとして、メンバーの定着を図ることが考えられます。

■しかし、私は“メンバーが定着しないこと”にも大きなメリットがあると考えているため、これを採用しませんでした。
■当会の茶話会は、普段他人に打ち明けられない話を自由に発言できるように、匿名で開催しています。しかし、いくら匿名といえども、毎回同じ参加者の話を聞いていると、その参加者の普段の生活の輪郭がハッキリ見えてしまう恐れがあるからです。

回避策2:主催者が情報を蓄積

■回避策の2つ目として、グループとして情報を蓄積していけないのであれば、代わりに主催者である私が情報を蓄積していけば良いのではないか、という考え方もあると思います。

■しかし、自助グループの意義は、同じ体験をした“仲間どうし”による水平的な関係に由来していると、私は考えています。もし、私が情報を蓄積し、それを参加者に伝える立場になってしまうと、“医者と患者”“カウンセラーとクライアント”のような垂直的な関係に変貌してしまいます。
■これでは、もはや“自助グループ”とは言えません。

私の結論:“自助グループ”を諦める

■そこで私が出した結論は、思い切って“自助グループ”の看板を降ろしてしまうことでした。

■しかし、トップページにもあるように、うつ病は非常にポピュラーな病気になりましたが、自分の病気のこと、自分が思っていることを他人に打ち明けられる場所はなかなかありません。
■このため、自助グループよりも機能を縮小し、まずは“気持ちのわかちあい”に特化した“雑談会”として、当会の茶話会を再定義しようという思いに至りました。

でも“重い体験をした人”は重要

■ただし、「“雑談会”を標榜してしまうと、過去あるいは現在、重い症状を体験している人が参加できなくなってしまうのではないか」という懸念が指摘されると思います。

■実際、私は初診時に“中度うつ病+自律神経失調症”という診断を受けたのですが、休職してすぐに症状が軽快してしまったので、重い症状と言っても無能感や積極的希死念慮があったくらいです。このため、「布団から出られない」といった“重い体験をした人”の気持ちを、傾聴することはできても共感することはできません。

■しかし、その人よりも重い症状を体験した人が茶話会に参加してくれていれば、その2人で気持ちをわかちあうことができると思います。
■そういう意味で、この茶話会に“重い体験をした人”が来てくださることは非常にありがたいです。

そうと決まれば話は早い

■以上のように、自分たちのグループを“気持ちのわかちあい”を目的とした“雑談会”として定義した場合は、その運営はそれほど負担にならないと思います。

■まずは会場の予約。これは公民館が無料で貸し出している会議室などを活用できれば、金銭的な負担も抑えられます。
■次に告知。当会の場合はホームページの更新とSNSへの投稿だけなので、たった5分で完了です。
■最後に参加者の確認。ですが、当会は匿名で開催しており、個人情報をこちらに通知しなくても参加できるように、事前申込みを受け付けていません。この場合は、特にやることはありません。
■そうすれば、あとは開催当日に会場に出かけるだけです。

とは言うものの…

■以上、長々と“雑談会のススメ”を書いてきましたが、岡先生の『セルフヘルプグループ』に感銘を受けた者としては、やっぱり本格派の“自助グループ”が増えることを期待してしまいます。それは、当会が活動している東京都の三多摩地域でも同じです。
■そういう意味では、とりあえず“雑談会”から始めてみて、活動に協力してくれそうな人を探して、ゆくゆくは“自助グループ”に脱皮するのも良いのかもしれません。

【1】『DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院、2000年
【2】『プライマリケア医のためのうつ病診療』メジカルビュー社、2009年